「児童虐待の防止等に関する法律」の立法と「児童福祉法」の一部改正
「児童虐待の防止等に関する法律」(通称 児童虐待防止法)は2000年11月に施行されました。
もともと日本には、子どもの福祉を守る法律として「児童福祉法」があります。18歳までの児童を対象としており、この中には、子ども虐待に関して、通告の義務(児福法第二十五条 虐待を発見した者は児童相談所などに通告する義務がある)、立ち入り調査(児福法二十九条 虐待が疑われた家庭や子どもの職場などに立ち入ることができる)、一時保護(児福法第三十三条 保護者の同意を得ずに子どもの身柄を保護することができる)、家庭裁判所への申し立て(児福法二十八条 家庭裁判所の承認を得て被虐待児を施設入所などさせるための申し立て)が盛り込まれています。
しかし、「児童虐待の防止等に関する法律」ができる以前は、これらはあまり有効に行使されていませんでした。大多数の国民が、虐待を発見したときには児童相談所等への通告の義務があることを知りませんでしたし、児童相談所は立ち入り調査には積極的でなく、家庭裁判所への申し立ては、申し立ての手続きのやり方がわからない、承認が出るまで数ヶ月を要し時間がかかりすぎるから意味がない、などの理由から、皆無に近い状態が続いていました。
こうした状況下、1990年代に入り、日本では次第に子ども虐待の存在が社会問題化してきます。メディアによる報道や民間団体による防止活動が活発化したことや、94年に「子どもの権利条約」を批准したことなどが、社会問題化させる原動力となりました。
こうした動きに歩調を合わせるように、「児童相談所における虐待に関する相談処理件数」は、統計を取り始めた当初の1990年度に1,101件であったものが、96年度には4,102件、99年度は11,631件となり、子ども虐待に関係する人たちや研究者たちからの「子ども虐待に対応するための法律が必要だ」という声が高まりました。
「児童虐待の防止等に関する法律」が成立したのは2000年5月、施行は同年11月でした。この防止法の特徴は、超党派による議員立法であるという点で、議員の熱意や民間の声を吸い上げる形での立法でした。
この立法により、第二条に「児童虐待の定義」が初めて定められ、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待の四種類とされました。また、父母や児童養護施設の施設長など『保護者』による虐待を定義することで、施設内暴力の抑止力ともしました。
子どもに対する四種類の虐待とは、以下のような行為だと書かれています。
- 児童の身体に外傷を生じ、又は生じる恐れのある暴行を加えること
- 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をすること
- 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること
- 児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと
第三条では、児童に対する虐待の禁止が、第四条には、国や地方公共団体の責務として、関係機関、民間団体との連携強化が盛り込まれ、第五条の「児童虐待の早期発見」と第六条「児童虐待に係る通告」は、それまで児童福祉法で形骸化していた発見と通告を、学校教職員、児童福祉施設職員、保健婦、弁護士、医療関係者などに強くアピールしました。
第九条「立ち入り調査等」、第十条「警察官の援助」では、児童虐待を受けているおそれがあると認められたときには立ち入りでき、警察官の援助を求めることができるとしました。
第十一条「指導を受ける義務」、第十三条「児童福祉司等の意見の聴取」では、児童福祉法二十七条一項二号で定められている児童福祉司等による指導を保護者が受けるよう義務付けました。施設入所措置を解除する際には児童福祉司の意見を聞き、指導や勧告に従わないと措置解除しないとしています。
第十四条「親権の行使に関する配慮等」は、しつけと虐待の議論に対応する条項で、児童の親権を行う者は、児童のしつけに際して適切な行使に配慮しなければならないとされ、養育者がしつけだと反論する事例に苦慮してきた児童相談所が、虐待として対応できるようになりました。
また、附則第二条に「この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする」とし、施行3年後に法改正を行うことが明記されました。
この「児童虐待の防止等に関する法律」の立法にともない、「児童福祉法」の一部が改正されました。
おもだった点は、児童相談所で虐待事例に直接関わる児童福祉司の任用基準でした。それ以前、大学で心理学科等を卒業した者、医師など、とされていましたが、それらに準ずる者を採用できる、いわゆる「準ずる規定」があり、実際には「準ずる者」がたくさん採用され、専門性が問われていたのですが、改正では「社会福祉士」を任用基準に加え、「準ずる規定」は「前項に掲げる者と同等以上の者」とされました。また、一時保護の期間がはっきりしていなかった点について、2ヶ月を超えてはならないとしました。
「児童虐待の防止等に関する法律」の二回の改正とそれにともなう「児童福祉法」の改正
1.第一回「児童虐待の防止等に関する法律」の一部改正と「児童福祉法」一部改正について
2003年度の「児童相談所における虐待に関する相談処理件数」は26,569件に上りました。統計を取り始めた1990年度は1,101件であり、子ども虐待の激増が憂慮される中、第一回目の「児童虐待の防止等に関する法律改正」がなされ、2004年10月1日から施行されました。
法改正の根拠は、2000年に制定された「児童虐待の防止等に関する法律」附則第二条に「この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとする」と盛り込まれたことによります。
改正では、まず第一条の法の目的を以下のように見直しました。
- 児童虐待が児童の人権を著しく侵害するものであり、我が国の将来の世代の育成にも懸念を及ぼすこと
- 児童虐待の予防及び早期発見その他の児童虐待の防止に関する国及び地方公共団体の責務を定めること
- 児童虐待を受けた児童の保護及び自立支援のための措置を定めること
「児童虐待は著しい人権侵害である」と明記することは、子どもの保護や育成に関係する人たち、研究者などの大きな願いでした。この目的が記されたことは、その後の子ども虐待対策に大きな影響を与える成果でした。
この目的の見直しを踏まえ、改正の概要は以下のようになりました。
1.児童虐待の定義の見直し
- 保護者以外の同居人による児童虐待と同様の行為を保護者によるネグレクトの一類型として児童虐待に含まれるとすること
- 児童の目の前でドメスティック・バイオレンスが行われること等、児童への被害が間接的なものについても児童虐待に含まれるものとすること
2.国及び地方公共団体の責務の改正
- 児童虐待の予防及び早期発見から児童虐待を受けた児童の自立の支援まで、これらの各段階に国及び地方公共団体の責務があることを明記するものとすること
- 国及び地方公共団体は、児童虐待の防止に寄与するよう、関係者に研修等の必要な措置を講ずるとともに、児童虐待を受けた児童のケア並びに保護者の指導及び支援のあり方その他必要な事項について、調査研究及び検証を行うものとすること
3.児童虐待に係る通告義務の拡大
- 児童虐待を受けたと「思われる」児童を通告義務の対象とし、現行法よりもその範囲を拡大するものとすること
4.警察署長に対する援助要請等
- 児童相談所長又は都道府県知事は、児童の安全の確認及び安全の確保に万全を期する観点から、必要に応じ適切に、警察署長に対し援助を求めなければならないものとすること
- 前記の援助を求められた警察署長は、必要と認めるときは、速やかに、所属の警察官に、必要な措置を講じさせるように努めなければならないものとすること
5.面会・通信制限規定の整備
- 保護者の同意に基づく施設入所等の措置が行われている場合についても、児童との面会・通信を制限できることを意図した規定を整備するものとすること
6.児童虐待を受けた児童等に対する支援
- 児童虐待を受けたために学業が遅れた児童への施策、進学・就職の際の支援を規定するものとすること
この「児童虐待の防止等に関する法律」改正に合わせ、「児童福祉法」も一部改正されました。
非常に大きな改正点は、市町村が、子ども虐待の相談窓口となり、必要な調査や指導を行う、とした点でした。市町村での児童虐待防止への取り組みはこれまで以上に重要なことと位置づけられ、関係者間での情報交換や支援協議などを行う「要保護児童対策地域協議会」を置くことができるとしました。
また、乳児院、児童養護施設に入所する児童の年齢要件の見直しがなされ、乳児院に幼児を、児童養護施設に乳児を入所させることができるようになり、愛着対象や生活環境の断絶に配慮できることになりました。
2.第二回「児童虐待の防止等に関する法律」の一部改正と「児童福祉法」一部改正について
第二回目の改正案は、2007年4月に国会に提出され、6月に可決・成立しました。
改正の根拠となったのは、第一回目改正時の「児童虐待の防止等に関する法律」附則に「この法律の施行後三年以内に、児童の住所又は居所における児童の安全の確認又は安全の確保を実効的に行うための方策、親権の喪失等の制度のあり方その他必要な事項について、この法律による改正後の児童虐待の防止等に関する法律の施行状況等を勘案し、検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が講ぜられるものとすること」とされたことです。
改正点では、第一条の目的に「児童の権利利益の擁護に資すること」が明記され、第四条関係に、国・地方公共団体の責務として、虐待を受けた児童等に対する「医療の提供体制の整備」が加えられました。改正の視点は、児童相談所の権限強化で、立入調査に関しては、親の同意が得られない場合、一定の手順を踏んだあと裁判所の許可を得て強制立入できるとしました。他には、保護者への指導や面会制限の強化などが挙げられるでしょう。改正の概要は以下です。
1.児童の安全確認等のための立入調査等の強化
- 児童相談所等は、虐待通報を受けたときは、速やかに安全確認措置を講ずるものとすること
- 市町村等は、立入調査又は一時保護の実施が適当であると判断した場合には、その旨を児童相談所長等に通知するものとすること
- 従来の立入調査のスキームに加え、都道府県知事が立入調査を実施し、かつ、重ねての出頭要請を行っても、保護者がこれに応じない場合に限り、裁判所の許可状を得た上で、解錠等を伴う立入調査を可能とすること
- 立入調査を拒否した者に対する罰金の額を引上げるものとすること(30万円以下→50万円)
2.保護者に対する面接・通信等の制限の強化
- 児童相談所長等による保護者に対する面会・通信制限の対象の拡大
- 都道府県知事による保護者に対する接近禁止命令制度の創設(命令違反には罰則あり)
3.保護者に対する指導に従わない場合の措置の明確化
- 児童虐待を行った保護者に対する指導に係る都道府県知事の勧告に従わなかった場合には、一時保護、施設入所措置その他の必要な措置を講ずるものとすること
- 施設入所等の措置を解除しようとする際には、保護者に対する指導の効果等を勘案するものとすること
4.その他
- 法律の目的に、「児童の権利利益の擁護に資すること」を明記する
- 国及び地方公共団体は、重大な児童虐待事例の分析を行うこととする
- 地方公共団体は、要保護児童対策地域協議会の設置に努めなければならないものとする
この「児童虐待の防止等に関する法律」改正に合わせ、「児童福祉法」も一部改正されました。
おもな改正点は「地方公共団体は、「要保護児童対策地域協議会」を置くよう努めなければならない」として設置義務としたこと、「未成年後見人請求の間の親権の代行」について児童相談所長が公的な立場で職務として親権を行えるようにしたこと、そして正当な理由がないのに立入調査を拒否した者に対する30万円以下→50万円以下とした「罰則」の強化、でした。「要保護児童対策地域協議会」に関する改正は、前回の改正で、子ども虐待の相談窓口に市町村が加えられ、虐待を受けた子どもの早期発見や適切な保護を行う関係機関の連携を強化するためです。
この法律は2008年4月から施行されました。